青色えのぐ


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他人を見る目(たにんをみるめ)3

「ケイさんって」へへ、と笑って夕凪が言う。「咥えタバコが似合いそうですよねえ」

「そう? タバコやらないんだけどなあ。そんなふうに見えるの?」

「格好いいですよね! ケイさんって!」

ははは、と笑って適当にながす。あのような醜態を見られたばかりで皮肉にしか聞こえないけれど、夕凪のまぶしい笑顔から悪意は感じられない。思ったことはとりあえず口にする娘なのかもしれない。

「それにしても、偶然ってあるもんだね」

「運命的なものを感じますよ、これは!」

ああ、そう。私はどちらかというと因縁めいたものを感じてしまって気が気でないのだけれど。

ハンバーガーと何とかセットをテイクアウトし、食べ歩きながらさ迷っていた夕凪とふたたびばったり出くわして。

そしてまた、ふたり並んで歩いている。

私の手のなかには夕凪に奢られた紅茶の缶が握られていた。

「夕凪ちゃんは――」

「サヤです!」

「サヤちゃんは、氷室さんとは仲がいいの?」

「ミヤコさんはお姉ちゃんみたいなもんです。夏休みに勉強みてもらおうと思いまして、一足はやく遊びにきたんですよ」

海も近いらしいですしねえ、と続ける。……瞳の輝きからするにそっちが本命かと思われた。なんてわかりやすいんだ……。

「ですけど道に迷っちゃいまして。歩いても歩いても目印が見つからないし、携帯も電池が切れちゃうし、途方に暮れていたとこにケイさんが助けにきてくれたわけです!」

笑顔がまぶしい。

「いやあ、それほどでも……あるのかな」

夕凪が“地図”だと言って私に見せた紙切れには、駅から雪割荘までの道のりと思しき線がのたくっていたが……。

それはひどい出来だった。すなおに住所を記したほうがよほど建設的だ。こいつを夕凪に託した氷室は、意地が悪いのか天然さんなのか……。

迷わないほうがおかしい。

そんなこんなで、気まぐれが元で知りあった相手が同じアパートの住人(予定)とあればこれも何かの縁だろう。

紅茶の恩もあるし持ちつ持たれつというやつだ。

ちなみに先ほどの私の奇行については、ジュースを買おうとしたら小銭を自販機の下に落としてしまい慌てて探そうとしたのだが結局紛失してしまったという設定で隠蔽しておいた。

あとは時間がなんとかしてくれるはず。

「氷室さんは、きみにはやさしいのか……私はいつも冷たい視線を感じるんだよなあ。なんか嫌われることしたかな」

「いえ、ミヤコさんは恥ずかしがり屋さんなんですよ。とっさの照れ隠しで相手をいびったり追いつめちゃうんです」

それはたぶんやりすぎだと思った。

というかその相手は単に嫌われているだけじゃないか?

「へえ。そうなんだ。……そんなこと教えて怒られたりしない?」

「あ、いまあたしが言ったことは内緒ですよ。ぜったいですよ?」

慌てて夕凪が横に首を振る。

私はもちろん、と頷く。どうせ氷室とはそこまで込み入った会話をしないだろうしな。夕凪の心配は杞憂に終わるにちがいない。

それより、あの氷室がやさしいなんて想像がつかなかった。必要なときに必要なことだけを話すというか、笑うことにさえ意味があるというのだろうか。

愛想を振りまくタイプでないのはたしかだ。

まあ朝比奈とは十全なコミュニケーションが取れているわけだから、もしかしたら私の知らない特別な裏技があるのかもしれなかった。

「ケイさん、ケイさん」

「うん? なんだい?」

「運命的なものを感じますね!」

「ああ、偶然ってあるもんだね」

「手をにぎってもいいですか!」

「べつにいいけど、高くつくよ」

そういうとりとめのないやりとりをしながら雪割荘に到着。えらく長い旅路だったように思えてうっかり感動しそうになる。

そのぶん、私たちを出迎えた氷室の第一声にはすこしへこんだ。

「ちょ、ちょっとサヤがなんであんたと一緒に……、その娘になにをしたの!」

氷室がふだんの緩慢な動作からはおよそ予想できない機敏さで私と夕凪のあいだに割ってはいる。これは大切なものを守る眼だった。

下手したら取って食われる。

「サヤ。大丈夫? へんなことされなかった?」

「…………」

……私は誘拐犯かなにかかよ……。そんなに心配ならちゃんと迎えに行けよ。というかそもそもあんな地図を渡すな。

氷室はひどく取り乱している。

幸いにも夕凪がすぐに事情を説明してくれたので、ほどなく私の疑いは晴れた。加えて私との運命的な出会いとやらを情熱的に語りだして脱力させられ。

この騒動をきっかけに、氷室の私への態度がわずかながら軟化したことはよろこぶべきか悲しむべきか。


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