青色えのぐ


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目覚めの確認(めざめのかくにん)2

「それじゃあ行ってくるよ」

「行ってらっしゃい。気をつけて」

「あ、忘れてた」

「なに?」

「行ってらっしゃいの、ちゅーは?」

いいながら私は蒼の背丈にあわせるように屈む。

「あのねえ……」

蒼が呆れて笑っていた。それでもちゃんとキスしてくれるノリのよさが、彼女の性格を端的に表わしている。とはいえ、あくまで頬にだけれども。

「はい、行ってらっしゃい」

蒼がひらひらと手を振って見送ってくれた。扉を閉めると施錠の音。彼女にはきちんと戸締りするように頼んである。

本当はチェーンロックまでかけたいのだけれど、管理人には私ひとりでの入居であると伝えてある。そして部屋のあるじが不在のときにチェーンロックがかかるのは構造からして不可能だ。万が一にも扉が開かれるようなことがあったとき、その場はしのげても疑われたら意味がない。

――まあ。

「さすがに勝手にひとの部屋入ったりしないだろうけどな」

そんな感じの希望的観測。私は廊下を歩き出す。

このアパートはわりと珍しい構造だ。二階の四部屋は密集しておりそれを囲う匚(はこ)の字の廊下、その横線ふたつに扉がついている背中合わせの造り。構造のしわ寄せだろうか二画めが外気に晒されていた。

元の一階建てに無理やり二階を作った(らしい)と聞くが、二階の各室から外に出るにはいったん内部の共用スペースを通る必要があった(非常階段なりつけろよっていう話だ)。

私の部屋からならば廊下の手すりを乗り越えて飛び降りれば直で外だけれども、靴は一階の玄関に置いてあるから奇をてらわず内部を通るのがベスト。だって怪我をしたら誰でも痛い。

角を曲がって突き当たり、“内”への扉をくぐる。

こちら側の住人、朝比奈(あさひな)の部屋からは気配が感じられない。そろそろ私と入れ代わりで寝ているころだろう。夜行性だというし。

音を立てぬよう、階段を下りて一階へ。

一階はどこからどう見ても非の打ちどころのない普通の民家だった。だからアパートでなく民宿と言ったほうが適切かもしれない。

「おはようございます」

私が声をかけると、居間でぐてっとちゃぶ台に突っ伏していた人影がのっそりこちらを見遣って応えた。

「……ああ」

管理人の氷室(ひむろ)だ。彼女は朝に弱いのか、死んだお姫さまのような目をしている。薄暗い室内で美貌のひとが全身を弛緩させている様子を見ていると、思うところがないでもない。

「今日もちょっと、そこら辺ぶらぶらしてきます」

鬱陶しそうに氷室が手を振る。見ようによっては「あっち行け」だ。わりとお元気そうだったので安心して出かけることにした。

 

◆ ◆ ◆

 

まだ七月に入って間もないというのに滝のように汗が出る。気温が高めなのもあるが、単に私が運動不足なりで体質面に問題があるのだと思う。

それに加えてこの身なり。薄での素材とはいえ手首までを覆う長袖シャツにジーンズ。風通しが悪いことこの上なく、メリットといえば発汗の促進と太陽の光を遮れることくらいだ。好き好んでこんな格好をするやつの脳みそが見てみたい。

「……あっちぃ。溶けてしまう……」

近場に森林公園や海水浴場を有するこの都市にはそれなりに外部から遊びにくる人間がいるらしい。たしかに視線を泳がせてみればそれらしい人たちがちらほら見受けられ、これから夏も本番を迎えいっそう増えてゆくことが予想できた。

もっとも、いまの私には関わるか知れない他人のことより周辺地理の把握のほうが大切で、こうして背中を伝う汗の感覚に耐えながらも徘徊しているのは伊達や酔狂からではなく、まして減量のためなどでは断じてなく、私なりの考えがあってのことだ。

「しかし――」

目下の問題は、都会と呼ぶには不足な感のするこの街でも徒歩で制覇するには広大すぎるという点。なんとか足を確保したいところだが、まずは駅やら商店街やらの主要部を重点的に、ほかは必要に応じて範囲を拡大するのがベターか。

「……あっちぃ」

暑かった。

とにかく暑かった。

すでに太陽は真上に昇ってあたり一帯には蝉さえ殺しかねない破壊力をもった直射日光が遠慮なく降り注いでいる。暦の上では梅雨が明けたかどうかという頃合なのに、こうまで雲が見当たらないのは反則的だ。

地面は馬鹿みたいに焼かれて放射熱がきびしいし、この分だとそろそろそこら辺の木々が発火するのではなかろうか。

というのはさすがに大げさすぎにしても、へばりかけているのは本当なのでコンビニに逃げ込むことにする。空調の効いた店内はとてもすごしやすく将来的にいつか南極に住居を構えたいという展望を私に抱かせたが南極への交通手段がわからない。


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